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ロンドンにおける偉人の家

フロイト

フロイトはオーストリア出身だが、ナチスが台頭すると同時にユダヤ人のフロイト一家はロンドンへと逃亡した。
その際に彼が住んでいた住居が今も残されている。フロイトは20世紀に巨大な足跡を残した。当時において彼の学説はあたかも人間の精神が手に取るように理解でいるような奇跡のような学問であった。フランスの哲学者サルトルも非常にその影響下にあり、フロイトの手法によって精神を理解しようとする当時の流行のようなものが彼の小説から見て取れる。当時のインテリジェンスに与えた彼の影響は甚大であり、これで人間は精神という神秘へとメスを入れることができるのだという熱狂を生んだ。今では彼の学説は非科学的なものとみなされているだろう。精神科医に行けばそれは薬の処方によって治療されるものとなっている。

当博物館で優れたところは、当時のフロイトが住んでいた様子をそのまま残しているということだ。パリでもそうであったのだが、多くの博物館は内装を展示用に改装されており、当時の偉人の痕跡が見えなくなっている。フロイトの趣味趣向、生活スタイルを理解する上で、ここは訪問するに値すると言えるだろう。

www.freud.org.uk

Monday:Closed
Tuesday:Closed
Wednesday:10:30 – 17:00
Thursday:10:30 – 17:00
Friday:10:30 – 17:00
Saturday:10:30 – 17:00
Sunday:10:30 – 17:00
目次

Admission Rates

Adults: £14.50
Concessions:*£12.50
Young Persons (12-16):£9.00
Children under 12:Free
Members and Patrons:Free
Groups:See our group visits page.

ベンジャミン・フランクリン

人はどの様に生きるべきか?このようなモデルケースに一つの強烈な回答を出すのがベンジャミン・フランクリンである。ボストン生まれであり、米国の100ドル紙幣に描かれている。彼は多様な人間であり、フロイトの様に圧倒的な専門性によって人類史に痕跡を残した人物ではない。彼はある種のヒューマニティーの模範ともいうべきものを提供する人物である。彼の人生はフラインクリン自伝によって繰り返し人類史によってインストールされており、おそらく彼の最も大きな業績はこの本にあると言ってもいいだろう。

彼はアメリカで活躍した人物であり、ここは博物館になる以前はホテルや非営利団体の拠点などに使用れていたようだ。そのため彼の痕跡を辿るというのは乏しくなるかもしれない。

1730 年頃に下宿屋として建てられたこの家は、フランクリンが 16 年近く (1757 年 – 1762 年、1764 年 – 1775 年) 住んだ家です。現在、この家はフランクリンとのつながりとジョージ王朝時代の多くの特徴が残されていることから、イングランド最高のグレード I 文化遺産に登録されています。

公式より引用https://benjaminfranklinhouse.org/the-house-benjamin-franklin/

ちなみにフランクリンに関する遺物も展示されている様だが、その中になぜか複数の人骨が含まれているようだ。それらはなぜかこの施設から発掘されたようだ。

あわせて読みたい

マルクスの家

マルクスは資本論を大英博物館の図書館に通って執筆したわけである。法学部出の放蕩息子マルクスはお金を稼ぐ力がなかったため、貧困に喘いでいた。そんな彼にとっては図書館はなくてはならない資源であった。彼が住んでいた部屋は今ではレストランになっている。

Quo Vadis Restaurant

Quo Vadis Soho
Quo Vadis | Restaurants Soho, Private Members Club Soho London Quo Vadis is a historic Soho restaurant and private members’ club with a colourful past and a timeless allure.

26-29 Dean Street, Soho, London, W1D 3LL,

地理的に大英博物館のすぐそばだ

レーニンの家

マルクス同様レーニンも図書館に通い詰めであった。彼にとって自己改革にとってロンドンは極めて重要な時期であった。レーニンが住んでいた部屋も現存しているが、どうやら博物館にはなっていないようだ。

36 Tavistock Place

ジョン・キーツ

My heart aches, and a drowsy numbness pains
         My sense, as though of hemlock I had drunk,
Or emptied some dull opiate to the drains
         One minute past, and Lethe-wards had sunk:
‘Tis not through envy of thy happy lot,
         But being too happy in thine happiness,—
                That thou, light-winged Dryad of the trees
                        In some melodious plot
         Of beechen green, and shadows numberless,
                Singest of summer in full-throated ease.

Ode to a Nightingale (1819)より

わずか25歳で亡くなったキーツ。偉大なるバイロンの影に隠れがちだが、イングランドは本当に優れた詩人が多い。さすがシェイクスピアの国。

冒頭の「ナイチンゲールに寄す」という詩を書いた彼の家がある。

Eventbrite
Keats House Welcome to Keats House, the beautiful Regency villa where Romantic poet John Keats found inspiration, friendship and love.We are currently open on Wednesdays, T...

ターナー

英国が産んだ偉大なる風景画家ターナー。16の時に初めて彼の絵画を見た時は衝撃を受けた。人間の技法と精神性がここまで極まったかと思うほど、彼の風景画はそれ自体が生命になっているかのようだ。風景画は数あれど、ターナーの絵はこれはターナーだとすぐわかる。

場所は中心部からかなり遠いようだ。

Turner's House

アレキサンダー・フレミング

ペニシリンを発見した偉大なる細菌学者。パリでキュリー夫人の博物館を見れなかったことを思い出す。

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