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ミヒャエルハネケによる企画、テーマ、アイデア

映像を作る動機、アイデア

白いリボンでは彼はこのように語っている。

意訳:

時代の空気からアイデアを持たない

自分が まず何かに驚くか感動するかが必要。それが私の思考を突き動かす

これがハネケの創造性の出発点である。それが故に彼は説得力のあるものを書く事ができる

次にアイデアについてこう語っている

白黒の舞台の中で、北ドイツの、金髪の登場人物たちで構成されたコーラス隊の事が思い浮かんだ

バッハのコラールを歌う子供達が、日常生活の中で、自分たちの説いている思想を裏切る人々を罰していく

引用:ハネケの映画術

これはかなり具体的でかなり風変わりなアイデアだ。これが彼のアイデアの出発点であるようだ。

常にハネケは人間の動的な動きをアイデアにしろテーマにしろ持ってくる

白いリボン

白いリボンのテーマは何か?ここに非常に興味深い秘密が隠されている。

老いや死ではなく、愛する人の苦しみにどう対処するか

映画術より抜粋

これも非常に動的なテーマだ。つまり動的にすることによって、概念ではなく必然的に人間の行動を描くことになるからだ。これがまさしく映画的になる所以である。

アイデアの見つけ方

さて、ホワイトリボンでのアイデアは神のように唐突に降ってきたものだったが、セブンス・コンチネントは別のようだ。

ハネケは次の記事に強い衝撃を受けた。ある家族が心中を決断したが、それを決行する前にあらゆる財産を破壊した。

ここの事実にどのようにハネケは反応し、興味を持ったのか

記事では社会的かつ心理的側面から事件を説明していた。

しかし私の興味を引いたのは、自らを破壊する前に、私たちを無化してしまったこの物質的世界を破壊するというアイデアでした。

この時点である事件、というよりもある動機を持った主人公の行為が、社会的な問題と結びついている。

あくまでもハネケにあるのは人間の行為であるが、それを社会的な問題と自然と結びつけることで、彼の映画は社会と人間を描くことが可能になっている

明確な意図を観客に与える

ファニーゲームは明確な意図を持った映画だ。

まずこの映画は明確なハネケによる挑発である。

私の目的は、真の暴力の姿を見せること。そして、観客がいかにして虐殺者の共犯になり得るかを示すことにありました。

ここに明確な彼の意図がある。

そしてさらに彼はこう語る

観客は自ら進んでせきに座り続けた、いつでも彼らは出て行くことができたのに。

というのも、映画には人を支配する力があり、彼らは結末を知りたかったのです。

この点で私はヒッチコックと同じ地点にいます。

彼は「どの瞬間に観客が反応するかわかっている」と言った。

この映画は、告発という形で、どのように私たちが支配の犠牲者になり得るかを見事に示しています。

ここで彼が語っていることは、要するに映画が観客を支配する事ができるということを示している。そして支配されたことによって共犯者になってしまうわけである。

これは完全なる実験的な映画でありながら、映画の本質を完全なまでに示した映画である。

映画を見るということによって、支配の犠牲者になる、そして暴力の共犯者になるということだ。

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