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テートブリテンへ行け

ロンドンのナショナルギャラリーに行って驚きと失望を覚えた。

失望はまずほとんどがフランスとイタリアの絵画で構成されていることだ。驚いたのはイタリアでも見かけなかった素晴らしいルネサンス期とそれ以前の絵画を発見したことだ。私のイタリア絵画史観をさらにアップデートしてくれた。失望はここはイングランド絵画がメインではないことだ。これではイングランド文化を理解することができない。テートブリテンが主にイングランド絵画を扱っているようだ。これはペテルブルグのエルミタージュ美術館とモスクワのトレチャコフフ美術館の関係に似ている。エルミタージュは西洋絵画を扱い、トレチャコフ美術館は主にロマノフ時代の美しい絵画を取り扱っている。トレチャコフ美術館こそがロシアの真髄を体験できる美術館である。正直なところトレチャコフ美術館はヴァチカン美術館をのぞいたら今の所ベストだ。

テートブリテンについて

チューダー朝時代以降の作品を扱っている。特にターナーの作品が大量があるようであり、これはターナーファンの私にとっては最高の一言だ。元々はミルバンク刑務所の跡地であったようであり、1897年に美術館としてオープンした。テートの名前は創始者のヘンリー・テイト卿から来ているようだ。

テイト卿は事業家であり、食料品店を自分で開き、35歳にまるまでには成功を収めていたようだ。次に砂糖の製造業に転身したようで、さらに富を得たとされている。慈善活動にも熱心であったようであり、自身の絵画のコレクションを政府に寄贈したそうだ。これは同じく事業家であったロシアのトレチャコフと非常に似ている。とても尊敬できる男だ。

ターナーだけ?

私が知っているイングランドの画家は以下になる。

ターナー
ウィリアム・ブレイク
エヴァレット 彼というよりもオフィーリアの作品のみを知っている。これは16の頃にシェイクスピアの解説か何かで見てやけに印象に残っていた。
フランシス・ベーコン

まあはっきり言ってほとんど知らない。イギリス絵画といえばターナーというイメージしかない。
最近ではバンクシーもロンドン出身だそうだ。

WIKIから引用

さて、英語版のウィキから見るべきリストを選別しよう

めちゃくちゃ多いな。

William BlakeNewton

William BlakeNewton

これは面白い

題名がニュートンであり、場所は海底と思われる。しかしこれはニュートンを賛美するものではなかったようだ。「芸術は生命の樹。科学は死の樹」とブレイクは思っていたようだ。えらい極端なやつだな。

Richard DaddThe Fairy Feller’s Master-Stroke

リチャード・ダッド
1871年ー1886年のヴィクトリア朝の画家

弁護士とのヨーロッパ中東旅行中に精神をきたしたそうだ。確かに神経質そうな顔をしている。

こちらが代表作品。「お伽の樵の入神の一撃」(The Fairy Feller’s Master-Stroke)

1843年に父親を殺害したのちに精神病院でこの絵を描いたようである。入院前から妖精画を描いていたようだが、特に入院後に医師から描くことを推奨されたようだ。これは病院の主任執事から依頼して作ったようだ。

イギリスの民間伝承やシェイクスピアに関する言及が多数絵画の中でなされているようだ。あまり見ないユニークな絵だ。

Herbert James DraperThe Lament for Icarus

ハーバート・ジェームズ・ドレイパーHerbert James Draper、1863年または1864年11月[1] – 1920年9月22日) wikiより

悪くはないのだが、ちょっと大袈裟で古典的表現がすぎるかな。色彩の使い方は興味深い。

テーマが古典的だけれど、技法は確かなものがある。なかなか見応えはありそうな作家。

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